気持ちの整理が出来たので。
実のところ記事に残すべきか悩みましたが、残しておくことでその時の心情を後から見直せるんではないかと。
先日の7月11日13時半過ぎに実家の父が逝去しました。
5月に誕生日を迎えて満84歳だったんですが、昨年の秋頃から腰の上付近が痛いと言い始めてました。
本人もその時は直ぐ直るだろうとかかりつけの整復医院に行っていたようです。
私も出来るだけ実家に行くようにしてましたし、嫁いだ妹も週に数日様子を伺っては居たので大丈夫かなと。
そうでなくとも12年前には胸部大動脈解離で大手術を受けて快復。
暫くは仕事もして、4年近く前に庭師を引退しました。
引退後多少の病は有ったものの、無理しなければ日常生活を送るには問題無さそうでした。
様子が変わったのが年明け早々です。
息苦しいと訴えたらしく、県立病院へ。
その時の血中酸素濃度は85%程!通常でしたら危険な状態なんです。
酸素吸入をしながら診察の終わり頃に私は駆けつけることが出来ました。
医師の診断は・・・「間質性肺炎」一般的な肺炎と違って完治しない「指定難病」のようでした。
即入院して進行を少しでも遅くする為の治療を始めれば、完治はムリでも・・・。
私達家族はそれを受け入れ、入院治療が始まりました。
私が父と真面に話せるのがその時が最後になろうとは・・・。
周りはコロナ禍で病院への面会すら出来ません。
それでも父は一進一退を繰り返しながら、リハビリを出来るまでになりました。
常に酸素を受けている状態です。
自宅に戻れるの?と私は考えるようになりました。
戻ったとして24時間父の世話をする状況を同じように年を重ねた母に出来る訳ないと。
私達は今後の事も考えて、ある程度快復したら付属の介護施設に移れる病院に転院する選択を取りました。
それが丁度春先だったかと。
転院した病院でも面会は殆ど出来ませんでした。
それでも母は父に携帯電話を預け、一日一回は声を聞いていたようです。
施設の空き待ちで日々を過ごしていた父ですが、肺炎は確実に進行し再び治療を。
暫く持ってくれるのかと思っていた矢先に、会わせたい人には早めにと告げられたそうです。
7月9日土曜日、約半年振りに会えた父はかなり息苦しそうでした。
血中酸素濃度が90%前後、脈拍は100前後。
投薬の濃度を上げると意識は殆ど無くなるんだとか。
その日はほんの少し目を開けることも出来、僅かながら反応もありました。
翌日曜は私と妻で面会に。
妻も半年ぶりの再会・・・一生懸命声を掛けてくれましたが、反応が殆ど無くなってました。
そして7月11日の午後、父は息を引き取りました。
私はその時に立ち会えなかったのが残念でした。
5分早ければ・・・違ったかと。
「山形大学しらゆき会会員の両親」と私達の選択
前後しますが、実家の両親は「山形大学しらゆき会会員」になってました。
どんな会なのと思われたら一度調べてみて下さい。
一部引用させて頂きます。
山形大学しらゆき会は、本学医学部における医学の教育の向上および研究の発展に資するために、死後において自分の身体を解剖学の教材となることを約束して献体する篤志団体です。
引用終わり。
10年以上も前にこの会に両親とも入会することが出来ました。
一般的には死亡診断書を頂き、役所に届出を出し火葬許可証を得て。
ほぼ同時進行で菩提寺に連絡を取りながら、葬儀の段取りを行いますよね。
それは代々菩提寺を持ち、檀家である方の場合です。
献体となると早めに遺体を提供するので、事情が変わってきます。
私の実家は父が起こしましたから、菩提寺すら有りませんでした。
勿論、新たにお寺さんとお付き合いする選択も有るしお墓を建てるのも良いんです。
でも、やはり費用は掛かるわけです。
しかも子供で有る私達は家を出てしまってます。
仮にお墓を建てたとして、墓守とかどうなるのとか?
両親はそれを見越して献体として役立つ道を選び、私達もそれに同意しました。
で、父が亡くなり手続きを取り無事に提供終了まで行きましたので簡単に説明です。
病院で亡くなったので、診断書を頂きながら「しらゆき会」に連絡を取りました。
勿論親族に連絡して。
選択として「通夜を行わず病院からの引き取り・搬送」を選びました。
その分慌ただしくなりますし、見送りできる人数も限られます。
自宅へ引き取って通夜等の後の引き取り搬送も可能でしたが、この時勢ですので。
連絡から2時間足らずでお迎えの車が来てくれました。
専用の棺も用意されており、費用も一切掛かりません。
棺に移しお見送りを病院の裏口で。
2度目の経験でした。
最後に必要書類を作成し、ひとまず搬送完了でした。
補足ですが。
献体として役立った後は火葬されますが、お骨を引き取るかどうかも選択でき、更に分骨も希望出来る様でした。
さ、まだする事が残ってます。
役所へ届出して「献体」としての火葬許可証を貰います。
貰った許可書は速やかに郵送すれば良いそうです。
私が役所へ死亡届を出しに行きましたが、「印鑑」は必須です。
これないと取りに行くことになります。
実際私、取りに行きました。
火葬日時未定で「献体」の文字が有る火葬許可書を頂きました。
印鑑を取りに行ったのが良かったのか、必要な書類も揃っていました。
あ、生命保険等で死亡診断書が必要になりますから必要数コピーすると良いですね。
他にもすることは有りますが、この記事の中ではここまでにします。
ここまで書いてきて、悲しむ余裕も無くあっという間だったなぁと感じてます。
過去親族や知人の葬儀に参列はしてましたが、ウチは故人と母の意思を尊重し葬儀無しとなりました。
その分自分たちで好みの遺影を用意し飾ることにしました。
悼む気持ちに変わり有りません。
私の気持ちとしてはまだ失ったことを実感できてないのかも知れません。

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コメント
いつもブログを拝見させていただいています。
お父様がそういう状況だったとは・・・
「人はいつかは必ず死ぬ」 頭で分かっていても親族が亡くなるのは本当に淋しいものです。
かける言葉が見つかりませんが、残されたお母様を気遣い亡くなられたお父様の分まで孝行されるのも自分の気持ちを落ち着かせる一つの道なのかもしれませんね。
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ジジ 様
コメント有り難うございます<(_ _)>
仰る通りだと思います。